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サーフィン・種子島|日本ロングボード紀行

海に囲まれた日本列島には、日々、大海原からうねりが押し寄せる。豊かな海岸線、峻嶺な山々から注ぐ大河に恵まれ、さまざまな波を生み出している。四季折々、津々浦々で、今この瞬間も波が生まれては消えていく。そこには、その波をこよなく愛し、守り、慈しむサーファー達の姿がある。そう、日本は世界に誇るサーフアイランドなのだ。この連載では、ロングボードを切り口に、各地のサーファーコミュニティと彼らの地元の波への思いを伝えていきたい。

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今回、足を運んだのは種子島。果たして、どんなサーファーと波が待っているだろうか?

「サーファーの楽園」と呼ばれる島

種子島にいつか行きたい、そう思っているサーファーが多いという。20数年ほど前まではサーファーの楽園としてアンダーグランドで囁かれていたこの島だが、今ではJPSAのサーフィン大会が開かれるほどのサーフアイランドとして知られるようになった。

▲古くは鉄砲を積んだ漂流船が流れ着いたここ種子島に、今はサーファーがこんな波を求めて流れ着くようになった

場所は日本地図をイメージすると、九州の最南端が鹿児島県、そのすぐ下に大きな島が二つ並び、丸いほうが世界遺産の屋久島、細長い方が種子島だ。太平洋と東シナ海の海を有し、東海岸へは本州の南海上を抜けていく台風や低気圧からセット間隔の長いバックスエルが送り込まれ、西海岸へは年に数回東シナ海へ抜けていく台風から極上のうねりが届けられる。

▲台風からのグランドスエルは、本州よりも一足先に届けられる

▲台風を避け島陰に停泊する貨物船をノーズでキャッチしたケンタロウ

この島がサーファーを魅了するのにはポイントの多さが挙げられる。ビーチが点在し、子供や女性、ビギナーに優しく、ロングボードでゆったりクルーズしたりノーズへ歩いてみたりと楽しめるビーチブレークが多い。他にも玉石のポイントや南の島ならではのアウターリーフも存在し、波が上がれば大きな口を開けてサーファーを待っている。

▲夏の楽しみは東シナ海側に届くうねり。普段波の立たないR58沿いのポイントが賑わいだす

▲種子島は南北に長い島である。それは、朝日が昇る海と夕日が沈む海、その両方でサーフ可能なポイントが沢山あるということだ

サーフィンの歴史は、1990年代からとそう古くはない。もちろんそれ以前に波を探して旅してきたサーファーがいただろうが、移り住んで家を借りて仕事しながら暮らすサーファーが現れたのはその頃からだ。

▲移住したサーファーが子供たちにサーフィンを教えはじめた頃の写真。女子ショートプロになり先日新島で優勝した須田那月ちゃんの姿もある

▲犬と暮らすサーファーが種子島には多い

ロングボードの歴史は90年代終わり頃からだろう。小さい波でも沖から岸までロングライドできる楽しさ、波の上を歩き板の先で浮遊しながら進む楽しさは、島のリズムに合っていたのか、ショートボードが主流の時代から波の小さい時の遊び道具としてロングボードは存在していた。

▲偶然にもクロスステップがシンクロし波の上で踊る二人。種子島の雰囲気を表す1枚

別名は「宇宙に一番近い島」

島のロングボーダーといえば、島の南に暮らす画家の松田大児さんとその奥様圭子さん抜きには語れない。90年始めから種子島に移り住み、毎日のように海に入ってきた。

▲昼間の月を背景に笑顔の松田大児さん。波が乱れていないのはアメンボのようにスムーズに板を走らせている証拠だ

▲砂岩が隆起し幾年も波に削られた時、太陽と霧雨が作り出す一瞬の色、そしてサーファー松田大児

海のメローな雰囲気を作り出したのはお二人であることは間違いないだろう。大児さんは海のキャンパスに筆で一本の曲線をゆっくりと描くように、波と波長を合わせ静かにテイクオフし波が岸に打ち寄せる最後の最後まで丁寧に1本のラインを描く。

▲故郷奈良では墨絵を、種子島では油絵を描く大児さん。墨絵はキリンビールの缶に、油絵はパタゴニアで使われるほどだ

一方、おしゃべり好きな圭子さんは、波待ちしながらの井戸端会議が日課。ロングの楽しさを伝えているうちに仲間が増え、ロング向きのポイントを開拓し、近年はサーフィン婦人部なるものを結成し「最近ロングは重いし風吹いたら大変やから8フィートくらいが楽しいねん」と笑う。

▲仲間の結婚式にはフラを踊り、夏の種子島はハワイに似た空気を女子たちが漂わせてくれる。中央の黄色い板が松田圭子さん

そんな海で笑い声が聞こえるサーフィンカルチャーが根付いた種子島は、JAXAのロケット射場があることから別名「宇宙に一番近い島」とも言われる。

▲ロケットもサーファーも青に白のラインを描く

ビール片手にそんな夜空を見上げることもこの島へ来たら忘れてはいけない。高い山がなく空の広いこの島の夜空には、天の川が長く明るくゆっくりと流れている。サーフィンに出会ってしまった者ならば、一度は訪れたい島である。

▲チューブの中をグリーンルームと表現するがここはパープルルームか

▲桃色の海に包まれ波待ちをしたら、きっとこの島から離れられなくなるだろう

 

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NALU 編集部

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テーマは「THE ART OF SURFING」。波との出会いは一期一会。そんな儚くも美しい波を心から愛するサーファーたちの、心揺さぶる会心のフォトが満載のサーフマガジン。

NALU 編集部の記事一覧

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