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【卓球小ネタ♪】世界の歴史を変えた「ピンポン外交」って知ってる?

2019/11/01

ラグビーの次は卓球!スポーツイベント目白押し♪

ラグビーワールドカップが終わると、すぐ始まるのが東京体育館で開催される卓球ワールドカップ団体戦。今年はスポーツイベント目白押しで、スポーツ好きにはたまりませんよね。今大会では16歳の張本智和選手をはじめ、19歳の伊藤美誠選手など実力ある若手選手も登場します。

この卓球を日本に伝えた人は、サッカーやテニスを日本に伝える役割を果たした教育者・坪井玄道(げんどう)といわれ、1902年の出来事だったとされています。大学など学生を中心にプレーされ、1921年に大日本卓球協会が、1931年には現在の日本卓球協会が設立されました。終戦後に国内の卓球は発展し、1949年に国際卓球連盟に再加盟(最初の加盟は1928年)すると、1950年代は世界トップクラスの強豪国に。2012年のロンドン・オリンピックでは、女子団体で銀メダルを獲得しました。

1950~70年代の日本は世界的な卓球王国で、世界選手権では何度もメダルを獲得してきたのです。しかし、卓球は当時まだオリンピックの種目ではなく、正式種目になったのは1988年のソウル・オリンピックから。

この時代はすでに中国が世界最強国に君臨し、巨大な牙城となっていました。しかし、2012年の女子団体で中国に次ぐ銀メダルを獲得。これが日本初のオリンピックメダルとなったのです。

世界の外交までぬり変えた卓球の世界的発展

イギリスで生まれてヨーロッパに広まった卓球は、当初はイギリスやハンガリーなどが強豪国でした。しかし、1950年代になると、まず日本が強国となり、次に中国が台頭します。1990年代にはスウェーデンが強国化することもありましたが、全体としては中国を中心としたアジア勢が優勢の様相です。選手層の厚い中国からは、海外への選手の流出も起こり、彼らが帰化した国が一気に強くなることもあるほど。

ちなみに、体育の話ではなく、歴史の教科書に突如現れる卓球用語が、「ピンポン外交」です。1949年の中華人民共和国の成立以来、中国とアメリカ・日本の間に国交はありませんでした。しかし、1971年の日本で開催された世界卓球選手権に中国は選手団を派遣。アメリカは大会中にアメリカ選手団の中国招待を求め、毛沢東がこれを容認し大会後の訪中を実現したのです。以降、日米は中国との国交正常化に向かいました。卓球が世界の外交を変えた事件だったのです。

出典:『スポーツ雑学大全

ライター:YOLO編集部

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