島尻裕子|マジックボードがもたらした出会い
NALU 編集部
- 2021年10月13日
『マジックボード』。それは、外見上のアウトラインやロッカー、さらにデータ上の数値といったものでは計り知れないような、特別なフィーリングを伴ったサーファーとサーフボードとの一期一会の出合いである。そして時に、自分や自分の周りの者達の人生までをも一変させてしまうような、強烈な体験となるのだ。そこで、著名なサーファー達が経験した『マジックボード』との出合いやストーリーに耳を傾けてみた。
今回、登場するのは、千葉にある自身のショップで、体感したカリフォルニアの空気を今に伝えている島尻裕子プロ。長くロングボードシーンに携わる彼女は、日本のサーフシーンに一石を投じる存在なのだ。
マジックボード。それは時に人生を変える。
日本に多くの女性ロングボーダーがいなかった2003年、小さな花が芽吹いた。今や誰もが知るレジェンド・シェイパーであるドナルド・タカヤマの目に止まったのは、コンテストに出場したばかりの若きグーフィフッターだった。当時のドナルドは、自身と同じグーフィフッターばかりをライダーに迎えていた。島尻裕子はコンテストではトップになることはできなかったが、ヒートの結果を見る前から、彼は彼女と契約することを決めた。ここで結果を出せなかったら、この契約はなくなってしまうんじゃないか。そんな彼女の心配は彼には届かない。ドナルドはもっと違う何かを見ていたからだ。ドナルド・タカヤマのライダーになり、最初に渡されたのは名作「イン・ザ・ピンク」だ。当時、日本では乗っている人も少ない丸みのあるノーズ。少々目立って恥ずかしかったが、そのボードが格段に彼女のノーズライディングを上達させた。カリフォルニアに訪れることも多くなり、カシア・ミーダー、コリン・シューマッカ、サマー・ロメオなど、世界を引率する女性サーファーとの関わりも深くなった。
あのコンテストの前日、たまたま誘われたサーフショップのイベントでドナルド・タカヤマとは出会った。当時話題だった陸連道具に乗る彼女の姿を見て「お前サーフィン下手くそだろ」と笑いながら疑問を抱いたドナルド。翌日見た彼女のサーフィンに彼は衝撃を感じた。それから10年近く、彼がこの世を去るまで彼女はずっとドナルド・タカヤマのライダーだ。そんな彼と出会った時に乗っていたのがこのボード。モデル名はビーチブレイク。シングルスタビライザーのロングボードで、昔のワックスはかかったままだ。
▲彼女は片貝がホームポイント。ドナルドの古きボードを取り出してノーズライディング。彼はもうこの世にいない。けれど彼の魂はボードとともに生きていく。それが自然だ
それを持ってアメリカの大会に行き、翌年には優勝した。彼と出会って1週間後にはカリフォルニアに行った。そこにはたくさんのライダーが集合していた。試合でフィンが折れてもドナルドさんがその日に立ててくれたり、試合ではしょっちゅうボードが壊れても、チームライダーとボードをシェアすることができた。
「ここから私のカリフォルニア人生が始まった」
日本で初のドナルドの女性ライダー契約となった島尻プロは、そこから大きく飛躍した。その後、ドナルドさんが亡くなり、彼のおかげで親交もあったスキップ・フライにボードをオーダーすることになった。コンテストも引退していたし、どうしても欲しいボードがあったという。彼の「イーグル」というスピードシェイプに乗ってみたかったのだ。
ボードを頼んだ時、飛行機が故障して雨が何日も降ってしまったことを不憫に思ってか、スキップもすぐにボードを完成させてくれた。それは今でも大切にしている。なかなか自身のボードを手渡さないことで有名なスキップに自分用に削ったフィッシュボードを譲ってもらったことすらある。その後も交流があり、スコーピオンベイでどうしても彼のボードに乗りたくて、メキシコに旅立つ2ヶ月ほど前に急遽オーダーしたボードは7代前半のミッドレングス。通常彼のボードをその期間で作ってもらうのは至難の技だ。しかし、スコーピオンベイに向かうために立ち寄ったカリフォルニアで、彼女はそのボードを手にすることができた。その名は「マジック」。仕上がっていたのはオーダーした7代前半でなく、7’7”だった。
▲ドナルドのおかげでスキップ・フライにも出会う。スコーピオンベイではパートナーがスキップのボードに。島尻さんはこの時ジョシュ・ホールのボード。スキップの愛弟子だ。時代は引き継がれていく
「スキップさんはもうすぐ77歳。それに合わせてくれたのかな。結果めちゃくちゃ調子良くて、スコーピオンベイを満喫できました。彼のボードを持ってスコーピオンベイに向かった時、地元の人に“Day of the year”と迎えられたんです。9月だけど今年で最高の波だったみたい」
マジックボードは時に波を超える。想像もしていなかった世界を突然に見せてくれる。それは自分がそれだけ純粋に波に向き合ってきた証拠なんだと思う。
Profile
千葉北をホームブレイクとするサーファー。ロングボードシーンからサーフィンを始めたが、今やどんなボードも自在に乗りこなす。長きに渡りドナルド・タカヤマのライダーとして、カリフォルニアの文化を今に伝える存在。偶然だったのかもしれないが、ドナルドと出会って彼女の人生は一変した。“モッテいる”。そんな言葉が彼女には似合う。センスは波選びやライディングだけに活かされるものではない。時代を見抜くセンス。それもまたサーファーの力量だ。
「マジックボード」の記事はこちらから。
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NALU 編集部
テーマは「THE ART OF SURFING」。波との出会いは一期一会。そんな儚くも美しい波を心から愛するサーファーたちの、心揺さぶる会心のフォトが満載のサーフマガジン。
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