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「だから、私は山へ行く」 #10 斎藤美香さん

ここ数年、毎年のように八ヶ岳の山小屋「黒百合ヒュッテ」を訪れ、ピアノの演奏会を開いているピアニストの斎藤美香さん。彼女が山へ向かう理由と、山で音楽を奏でることの喜びについて。

「だから、私は山へ行く」
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自然の音だけが聞こえる山の世界に魅せられて

白鍵に指を落とした瞬間、澄んだピアノの音が空気を震わせる。一つひとつの音はやがて旋律となり、空間を包み込んでゆく。ときに弾むように、ときにのびやかに。斎藤美香さんが奏でる音色には、思わず引き込まれてしまう優しい響きがある。

「山に行くようになって、音の感じ方や捉え方が変わったと思うんです。たとえば自然を題材にした曲を弾くとき、自分が経験した山や森の景色をイメージできるというか。曲に対する想像力が広がった感覚です」

3歳からピアノを始め、桐朋学園大学音楽学部卒業後にはアメリカ留学や数々の演奏会を経験。現在は東京を拠点に活動するピアニストの美香さんが、山と出会ったのは2012年のこと。自身が出演するライブハウスのスタッフに誘われて富士山を目指したのがきっかけだった。

「もともと体を動かすことが大好きで『一生に一度くらいは』と富士山を目指すことに。まずは予行練習として、山の経験が豊富な人たちに金時山に連れて行ってもらったのですが、『なんだ、これは!』と思うくらい楽しくって。山の上で眺める景色や、頂上で食べるラーメンのおいしさ、山の道具のかっこよさ……。いろんな魅力が重なり合って、すぐに山が好きになっていました」

幼いころからスキーを楽しみ、大学時代にはスキー部に所属していた美香さんにとって、自然のなかで過ごす時間には、どこか懐かしい楽しさがあった。さらに、ピアニストだからこそ感じられる山の魅力も。

「都会で生活していると、いろんな音が耳に入ってきてしまうんです。たとえばお店でBGMが流れていると『おもしろい曲だな』とか『こういう演奏するんだ』と気になってリラックスできなかったり(笑)。その点、山にあるのは自然の音だけ。風や草木、鳥の音……。人間が出す音から離れることで、聴覚が浄化されるような感覚があります」

山に魅了された美香さんは、時間を作ってはさまざまな山へ登るようになる。2012年の富士山を皮切りに、翌年には東京近郊の山々や八ヶ岳などを歩き、2014年には念願の日本アルプスデビュー。仲間とともに日帰り登山から山小屋泊の山行、テント泊の縦走へとステップアップし、やがて雪山登山や沢登りなども楽しむようになってゆく。

「昔から凝り性なところがあるから、おもしろそうな山はぜんぶ行きたくなっちゃって(笑)。でも最近はピークハントが目的というよりも、自然のなかにゆっくり身を置きたいという思いが強いですね。とくに毎年演奏会をさせてもらっている『黒百合ヒュッテ』のある八ヶ岳は、私にとってホームグラウンドのような場所。たくさんのルートがあるから、季節を変えて何度も訪れています」

標高2400mの山小屋でピアノを弾く喜び

「山を始めて間もないころにテレビで黒百合ヒュッテにピアノがあることを知って『あんなところで弾けたらすてき!』と思ったんです。それで、翌年の6月に小屋を訪れて『一曲弾かせてください!』と頼み込みました。すごく緊張したのですが、このときの演奏がきっかけでその年の10月に演奏会をさせてもらえることに。以来、毎年10月には歌や楽器の方といっしょに演奏し、2016年からは毎年6月にピアノの演奏会も開かせてもらっています」

おだやかに微笑みながら、そう教えてくれる美香さん。標高2400mの山小屋での演奏は、彼女にとってかけがえのない時間だという。

「自分の足で山を登ってきた人が集まる山小屋には、みんなで同じ気持ちを共有できるような温かい雰囲気がある気がするんです。そんな空間で、自然の美しさを知るすてきな人たちに音楽を聴いてもらえることが、演奏家としてうれしいですね。それに、黒百合ヒュッテにある年季の入ったアップライトピアノには、あのピアノにしか出せない優しくてかわいい音色がある。山の演奏会のときには毎回ドビュッシーの『月の光』を弾くのですが、初めて演奏したときにそれまで味わったことのない感動がありました。星や月に近い山の上で、澄んだ空気を感じながら音楽を奏でる黒百合ヒュッテでのコンサートは、私にとって特別な時間。いつも『幸せだなぁ』と思いながらピアノを弾いています」

自然に溶け込むような音色を山の上で奏でたい

今年の6月も黒百合ヒュッテでの演奏会を計画する美香さんだが、感染症拡大の状況を見極めながらの判断になるという。それでも美香さんは山の上の“特別な時間”に思いを馳せ、日々ピアノと向き合っている。

「音楽は目には見えないものだし、ときに不要不急と言われてしまうものかもしれません。それでも、私にとって音楽は人生そのものだし、演奏を聴いた人に『元気が出た』と言ってもらえると本当にうれしい。だからまた大好きなあの場所で、いまだからこそ響く音楽を表現できたら幸せですね」

山と音楽を愛する美香さんが黒百合ヒュッテでふたたび音楽を奏でるとき、そこにはきっと穏やかで優しい時間が流れているに違いない。

 

 

斎藤美香さん
仙台市出身。桐朋学園大学音楽学部卒業、米国インディアナ大学に留学。現在は東京を拠点に、クラシックの枠を超えたジャンルにとらわれない活動を展開する。2013年からは、八ヶ岳の「黒百合ヒュッテ』にて山小屋コンサートを毎年開催している

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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