「だから、私は山へ行く」 #09 山本美雪さん
ランドネ 編集部
- 2021年03月07日
41歳で登山を始めてからわずか10年と少しで、1シーズン3座の8,000m峰連続登頂を成し遂げた山本美雪さん。「人間ってすごいんです」と微笑む美雪さんが、山を歩く理由について。
妹の春美さんが遺してくれたもの
2019年5月にエベレスト(標高8,848ⅿ)と世界4位の高峰ローツェ(標高8,516ⅿ)に登頂し、同年9月に世界8位のマナスルに登った山本美雪さん。登山歴わずか10年ほどで、1シーズン3座連続の8,000ⅿ峰登頂を果たした美雪さんが、山登りを始めたのは2008年のこと。看護師として勤務する病院の同僚に誘われ、大阪府と奈良県の境にある金剛山(標高1,125ⅿ)を歩いたことがきっかけだった。
「紅葉が鮮やかで『あぁ、きれいだな』と感じたのが山の第一印象でした。看護師という職業柄、自然のなかに身を置いていつもと違う空気を吸うことがとても新鮮で、休みのたびに山に通うようになったんです」
紅葉の秋から木々が葉を落とす冬へ。季節ごとに表情を変える山の世界に魅了されていったという美雪さん。しかしそのころ、美雪さんと同じ病院に勤めて5歳年下の妹・春美さんに乳がんが発覚。2年後に38歳の若さで旅立ってしまう。
「妹は昔から元気な子で、インドア派の私が山に行くようになったことを、とても喜んでくれていました。妹の死もあって一時期は山から遠ざかっていたのですが、彼女が『おねえちゃん、私に何があっても、山だけは続けたほうがいいよ』という言葉を遺してくれたこともあって、山歩きを再開することにしたんです」
その後、美雪さんは、一つひとつ山行を積み重ねてゆく。山小屋泊の登山からテント泊での稜線歩き、そして雪山へ。いつしか山の仲間も増え、2014年にはクライミングなど高度な登山を行なう「甲山勤労者山岳会」にも参加するようになった。
「山歩きを通じて、未知の景色を見ることができたし、いろいろな人と知り合うことができました。いまもそんな新しい出会いを実感するたびに『妹が、ここまで連れてきてくれたんだな』って思いますね」
後悔したくない。だからヒマラヤへ
40歳を過ぎてから登山を始め、51歳でエベレストに登頂した美雪さん。とても小柄で穏やかな笑顔が印象的な彼女が、海外登山を初めて意識したのは2015年だ。
「山岳会のメンバーにネパール遠征を計画している人がいたんです。最初は、自分とは縁遠い世界の話だと思って諦めたんです。でも、どこかで挑戦したいと思う気持ちもあって……。妹の死は私に、健康が当たり前のものではないことを教えてくれた。だからこそ、時間は大切に使わければいけないし、人生に悔いを残したくない。『次にチャンスがあったら、絶対に挑戦しよう』と思ったんです」
そんな思いから、2016年に再びヒマラヤ遠征の話がもち上がると、美雪さんは参加を決意する。とはいえ、遠征に参加するのは経験豊富なメンバーばかり。『周囲に迷惑をかけたくない』という思いから、美雪さんは自身にハードなトレーニングを課すようになる。寝不足でも歩ける体を作るために看護師の仕事を夜間専従にして仕事明けに山へと向かったり、低酸素トレーニングを取り入れたり、アイゼンを着けて岩山を登る練習をしたり……。生活のほとんどを遠征の準備に捧げた結果、2017年に標高6,080ⅿを誇るヒマラヤの未踏峰に登頂する。
「じつは日本ですごく過酷な生活を送っていたぶん、現地では予想以上に楽しく歩けたんです。仕事の心配もしなくていいし、自分の好きなペースで歩けるでしょう? 誰も人が歩いたことのない道を踏みしめながら『これはご褒美だな』って(笑)」
遠征を成功させた美雪さんは、続く2018年にアマ・ダブラム(標高6,814ⅿ)にも登頂。さらに「まだ上に行ける」と手応えを感じたことから、翌年にエベレストを目指すことに。それは、さらなるトレーニングの始まりでもあった。
「私にとって山登りのスタート地点は、山麓ではなく日々の生活にあります。だからエベレストへの準備として『アマ・ダブラムでは、山頂直下の傾斜に苦労したな』と振り返りながら、さらに負荷の高いトレーニングを行ないました。たとえば低酸素トレーニングでは、標高6,300ⅿくらいの酸素濃度のなかで50%の傾斜のあるトレッキングマシンをつま先立ちで歩いたり……。そんなトレーニングを続けていると血中酸素飽和濃度が45%くらいになっても、なんとか体を動かすことができる。人間の適応力って、本当にすごいんですよ。この年齢になっても、仕事をしながらでも、目標に向かって努力する意思さえあれば、人は成長することができる。そんな喜びを実感できることも、私が山を続ける理由のひとつなのだと思います」
2019年5月にエベレストとローツェに登頂した美雪さんは、続く9月にマナスルの山頂に立つ。
「周囲に誰もいないマナスル山頂からの眺めは、本当に最高でした。たくさんの人との出会いや、数え切れないほどの準備、天候などの幸運もあって、山に登ることができている。それを私に与えてくれたのは、やっぱりあの子なのだと思います」
山本美雪さん
1967年12月16日生まれ。甲山勤労者山岳会(兵庫県西宮市)所属。看護師として働く傍ら、2008年に山の世界に足をふみ入れ、2019年には1シーズンで8,000m峰3座(エベレスト、ローツェ、マナスル)の登頂を達成する。
Share
Profile
ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。