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「だから、私は山へ行く」 #05 石田良恵さん

山に魅了されたのは、定年退職後の65歳のことだった。それから12年間、身体組成を専門とする研究者として、“山に登るための体づくり”の指導を続ける石田良恵さんの、美しく、軽やかで、エネルギッシュな生き方。

「だから、私は山へ行く」
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陸上選手から研究者、そして65歳で山の世界へ

「幼いころから秩父の山のふもとで育って、木や花などの自然が大好きだったの。春になると木の葉のあいだからいろいろな芽が出てきたりして、『山っておもしろいなぁ……』って思っていましたね。でも、あのころはまだ〝山に登る〞っていう感覚はなかったですね。山は当たり前のように身近にあるものだったから」

石田良恵さんは、そう言って軽やかに笑う。ハリのある声と、ぴんと伸びた背筋。凛としたその姿は、とても77歳とは思えない。大学の教員として身体組成の研究を続け、定年後に山登りを始めてからは、登山のための筋トレやストレッチを全国各地で指導する石田さんは、今も月2回ほどのペースで山を歩いている。

学生時代は陸上の選手としてインターハイや日本学生選手権などで数々の好成績を残し、大学卒業後に女子美術大学の保健体育の教職に就いた石田さん。現在の活動の基礎となる身体組成の研究に取り組み始めたのは40代の始めのこと。

「美術の世界では身体は芸術の基本ですから、学生たちはとても興味がある。そんな彼女たちと接するうちに、私も教員としてきちんと研究をやってみよう、って思うようになりました。それに、美大では博士号くらいもっていないと軽く見られてしまうの。『体育の教員は気楽でいいね』って。それが悔しかったのも、研究を始めた理由のひとつかしら(笑)」

石田さんが門を叩いたのは、運動生理学の第一人者として知られていた東京大学の福永哲夫教授の研究グループ。女子美術大学で教鞭を執りながら身体組成の研究に取り組む日々が、10年以上も続いたという。

「当時は子育ての真っ最中だったから時間も限られていて、子どもたちからは『ママはどうして毎日そんなに宿題があるの?』って言われることもありました。でも、中途半端でやめるのは悔しいし、一生懸命に頑張ればかならず道は開けるものね。周りの人のいろいろな支えがあって研究を続けることができました」

40代後半の約2年間をフロリダ大学スポーツ科学研究所の客員教授として過ごし、50歳で博士号を取得。そして、女子美術大学の退官も間近に迫ったある日、石田さんは“山の世界”と出会うことになる。

「日本勤労者山岳連盟の女性委員会の方が4人も訪ねてきて、『女性の立場から登山のための体づくりをサポートしてほしい』とお願いされたの。たしかに女性には生理もあるし、筋肉や脂肪の付き方も男性とは違う。きっと女性のためのストレッチやトレーニングがあるはずだから、と協力することを決めました」

40〜80歳の登山愛好者の体力測定を行い、加齢による筋肉の衰えなどを調査。その結果をもとに、登山に必要な筋肉を維持するための『山筋ゴーゴー体操』などを考案した。日々の生活のなかで手軽に続けられるストレッチや筋トレはいつしか話題となり、石田さんは全国各地で講演や指導を行うようになる。いっぽうで、山歩きのための体づくりと向き合う日々は、石田さん自身を山の世界へと導いていくことになった。

「地方で指導を行ったあとに、地元の山岳会の方といっしょに山を歩く機会が多くって、いろいろな山を歩くうちに『山って、深くて楽しいなぁ』と思うようになったの。もともと体力には自信があったし、好奇心が強いから新しい場所に行くことが好き。なにより、自然がすごく気持ちよかったんです。雲の流れや季節ごとの花の色彩……。山は歩くたびにいつも新しい景色を見せてくれるでしょう? これまで国内の山々はもちろん、ヒマラヤやキリマンジャロ、ハワイなどさまざまな土地を歩いてきたけれど、山を歩く楽しさはずっと変わらないですね」

そう言ってチャーミングに笑う石田さんは、77歳になったいまも山を歩き、全国各地で筋トレやストレッチの指導を行いながら後進の育成にも力を注ぐ。それは、きっと言葉にするほど容易いことではないはずだ。小さな体に秘められた、大きなエネルギー。その原動力とは何か。

「ゆっくりでも歩くことさえできれば、一生続けられるのが登山の魅力。本当は80歳や85歳の人にも『5月の山はこんなにきれいですよ』、『夕焼けの山の雲ってすばらしいですね』って共有したいの。でも、山歩きに必要な筋肉がなくて疲れてしまうと、いざというときに手や足が出なくて事故につながってしまう。だからこそ、山に登りたいという気持と同じように、体力や食事に対する知識を知っておいてほしいんです」

そう話すと、石田さんは穏やかな口調で言葉を続けた。

「陸上でも、研究でも、登山でも。私は、これまでいろいろな人に助けてもらって生きてきた。だからこれからは自分の持っているものを、少しでも世の中に返していきたいの」

 

 

石田良恵さん
1942 年埼玉県生まれ。保健学博士。日本ウェルネススポーツ大学教授。女子美術大学名誉教授。専門は身体組成。生涯登山を目指した筋トレの必要性から「山筋ゴーゴー体操」を提案。著書に『一生、山に登るための
体づくり』(小社刊)など

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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