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「だから、私は山へ行く」#21 小平奈緒さん

山を愛し、山とともに生きる人に迫る連載「だから、私は山へ行く」。3月23日発売のランドネ最新号では、日本を代表するトップアスリートとして活躍してきた小平奈緒さんにインタビューしています。2022年10月に競技生活を終え、新たな道を歩き出した彼女に聞く、地元への思い、山への憧れ、そしてこれからのこと。

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自分のペースで一歩ずつ進んでいけばいい
それが、山歩きの魅力なのだと思う

「山へ行きたい。その思いは現役時代からずっと温めていたものなんです。子どものころに歩いた八ヶ岳を訪れて、自然を感じたい。そして、山の上から自分が生まれ育った町を眺めたいなって」

長野県の茅野市に生まれ、3歳のころにスピードスケートを始めた小平奈緒さんにとって、山は身近な存在であり、家族との思い出が詰まった大切な場所だ。

「本格的に競技と向き合うようになったことで、中学二年生の学校登山以降は、怪我を避けるために山には行かなくなりました。でも、それまでは父の影響で毎週末のように八ヶ岳に行っていたんです。父は家族も心配するほどの山好きで、いまも時間を見つけては山に行くような人。そんな父といっしょに八ヶ岳の山々はすべて登ったと思いますし、南アルプスや富士山にも行きました」

▲子どものころに父と登った八ヶ岳南部の阿弥陀岳。「走るのは嫌いだけど、歩くのは好き。ずっと歩いていられます!」 

オーレン小屋で湧水を汲んだこと。夏沢峠のやまびこ荘で「ヤッホー!」と叫んだこと。家族で行った西岳で母が高山病になったこと。山で食べるチョコレートがおいしかったこと。小学生時代に歩いた山々には、数えきれないほどの家族の思い出があるという。

「頻繁に行ったのは、桜平からオーレン小屋を経て、硫黄岳や横岳を歩くルート〝らしい〞です。〝らしい〞というのは、小学生のころは山の名前を全然わかってなくて……。先日、父が教えてくれたんです(笑)。当時の思い出話をしながら、父が山登りを通じて家族ですごす時間を作ってくれていたことを、あらためて実感しました」

山はわくわくする場所
自分の時間を取り戻す場所

そんな奈緒さんにとって山は、幼いころから「非日常で、わくわくする場所」だったそう。

「私はもともと人見知りなんですけど、山で行き交う人はとても自然に挨拶をしているし、頂上に着くと『小学生なのにすごいねぇ』と褒められたりして……。そんな人との出会いが楽しかったですね。山には高山植物の図鑑をもっていっていたのですが、きれいな植物を見つけては花の名前を調べるのも好きでした。そうそう。はじめて山でカモシカに出合ったときには本当にびっくりして。『お父さん、あれイノシシ?』と聞いたことも覚えています。その日の天気や雲の位置によって目の前に広がる景色は違うし、人や動植物との出会いもあります。山は、自分の知らない世界を見せてくれる場所。だから、わくわくするんです」

懐かしそうな表情でそう話す奈緒さん。幼いころからスピードスケートに打ち込んできたからこそ感じられる、山の魅力もあった。

「自分の足で一歩一歩進んでいけば、いつかは山頂にたどりつく。だれかと競争をしなくても目標に到達できることが、とても魅力的に思えました。スピードを競い合う競技を続けるなかで、山を通じて自分の時間を取り戻すような経験ができたことは、とても幸せなことだったと思います」

▲幼いころから山は身近な存在。選手時代も菅平高原を自転車で走ったり、夏のスキー場の斜面でトレーニングしていたそう。「道に迷ったときは、坂道を登るか左に曲がります。スケート選手としての習性ですね(笑)」と奈緒さんは話す

登山に行かなくなってからも、長野を拠点に活動する奈緒さんにとって、山は大切な存在だという。

「現役時代に実家に帰ったとき、雪景色の山々の上に〝八ヶ岳ブルー〞の青空が広がっていて……。その風景を見た母が、『山が応援してくれてるよ』と言ってくれた言葉が、すごく印象に残っています。山に守られているような感覚が、ずっとあるんですよね」

自分という人間が
育っていくということを
ずっと大切にしてきた

さまざまな人と関わって
自分を育てていきたい

2022年10月に現役を引退し、現在は相澤病院に所属しながら、長野県を拠点にさまざまなことに挑戦する奈緒さん。母校・信州大学の特任教授として教鞭をとったり、トップアスリートとしての知識や経験を子どもたちに伝えたり……。活動の根底にあるのは、「人と関わりながら、自分を育てていきたい」という思いだ。

▲2019 年の台風19 号の被災地ボランティアに参加して以来、リンゴ農家との交流が続く。「学ぶことがすごく多いんです」と奈緒さん

「スピードスケートは文字通りスピードを競う競技ですが、ひとりではレースはできません。競い合った選手たちや大会を支える人々の存在があってこそレースの楽しさが生まれるし、自分自身の成長を実感できるのだと思います。いまの私は、これからの自分の〝軸〞を作っている段階で、やってみたいことはいっぱいあります。ただ、スピードスケートと同じように、やっぱりひとりの力ではできないことが多いと思うんです。だから、仲間や理解してくれる人たちとともに学びながら、自分自身をアップデートしていきたいんです」

自然のこと、地域の文化のこと、健やかな暮らしのこと。これから学びたいことはたくさんある。山登りも、そのひとつ。念願の八ヶ岳でやってみたいことは?

▲2014 年のソチ五輪後にオランダに練習拠点を移し、2 年間滞在した奈緒さん。このころから、大のコーヒー好きになったそう

「山小屋に泊まってみたいし、山ごはんも楽しみたい。山頂でお湯を沸かして大好きなコーヒーも飲んでみたいです!」

弾けるような笑顔でそう話す奈緒さんは、これからどんな道を歩いていくのだろう。

小平奈緒さん

相澤病院所属。2018 年平昌オリンピック女子500m において日本女子スピードスケート史上初の金メダルを獲得。2022 年に競技生活を終え、信州を拠点にさまざまな活動を行なう

 

「だから、私は山へ行く」
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ランドネ 編集部

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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。

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