富士山とおなじご利益あり!全国の富士塚に登る【#10 水稲荷神社高田富士】
ランドネ 編集部
- 2023年04月28日
登れば本物の富士山を登ったときとおなじご利益があるとも言われている富士塚に、地図好き芸人・小林知之さんが参拝。みなさんの抱える悩みやモヤモヤを、山の頂に届けてくれます!
富士塚文化の原点!富士山は憧れから身近な山へ
登山日和な季節になってきました。寒すぎず暑すぎず、心も軽くウキウキワクワクしてくる。そう春です。
そして春は富士塚にもやってきます。しかし、富士塚はあくまでも富士山。通年通して登れるのはほんのわずか、富士山の開山日やお正月、地元のお祭り以外では登れない場所がほとんどです。むしろ富士山より狭き門。でも町中にあるため、気軽に行けるし、なんなら眺めるだけでも充分に楽しむことはできます。そして今度は「登ってみたい」と思いはつのることでしょう。
思いはつのらせ、ふくらませて、今回のお悩みにいきましょう。
【お便りいただいたK美さんのお悩み】
「親子3世代で、山歩きをすることに憧れています!」
「水稲荷神社高田富士」で悩みを成就
今回は、東京メトロ東西線早稲田駅から歩いて10分ほどの場所にある、高田富士に悩みを聞いてもらおうと思います。高田富士は現在水稲荷神社の境内にあります。もともとは、現在の早稲田大学のキャンパス内の場所にあったのですが、早稲田大学の拡張と共に現在の場所へと移転されました。
水稲荷神社には富士塚のほかにも、馬やヤギを見ることができます。なぜ馬がいるのか?それは流鏑馬(やぶさめ)のためです。境内に道場があり、そこで射手を育成しているのです。ヤギはおそらくかわいいからだと思います。でもヤギはふれあい自由、馬もタイミングが良ければ触れ合うことができます。そんな元祖富士塚の高田富士からK美さんへのアドバイス
「憧れは家に置いて、実行しなさい」
この高田富士、何を隠そう元祖の富士塚なのです。ここから富士塚文化が始まりました。
いまからおよそ240年前、1780年に高田藤四郎が日本で初めて築いた富士塚なのです。江戸時代、富士山は登りたくても登れない、それはそれは憧れの山でした。さらに富士山は女人禁制で、女性が登れるようになったのは1874年、明治4年から。藤四郎はそんな町民のために、富士信仰の人々と力を合わせ、富士山頂の溶岩や土を運び続け、なんと9年5か月の歳月を経て、この富士塚を築き上げたのです。
藤四郎が作った高田富士は、瞬く間に人気となり、江戸に富士信仰ブームが到来。富士山は憧れの山から身近な山へと変わったのです。
憧れを持つことはとてもいいことだと思います。でも、ときには憧れを現実に変えてみましょう。いきなり山は難しくても、富士塚なら登ることができるでしょう。ちなみにこの高田富士ですが、登頂できるのは7月の海の日と、その前日のみ。しかしこの期間中は富士祭が開催され、夜間でも登ることができます。
江戸の町民の気分を感じながら、親子3世代で富士塚を登ってみてはいかがでしょう。
プロフィール/小林知之
太田プロダクション所属の芸人。芸人といいながら日本大学地理学科で学んだ地理好きスキルを使って、地図会社で働いたり、国土地理院で地図の講習をしたり、国旗の本を出したりと、謎のWワークをする二児の父。芸人としては竜兵会所属、コント中心のおもに「つっこみ」と呼ばれる役割を担っている。
Instagram:@cobayashitomo
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自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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