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『戦火のランナー』アフタートーク。南スーダン代表アブラハム選手×高橋尚子さん対談

映画『戦火のランナー』公開直前の5月25日、前橋シネマハウス(前橋市)で、特別試写会とアフタートークが開催された。

アフタートークには、東京オリンピック・パラリンピック出場を目指し、ホストタウンである前橋市に2019年11月から長期滞在中の南スーダン選手団からグエム・アブラハム・マジュック・マテット選手(現在は8月3日(火)陸上男子1500mに出場確定)、シドニーオリンピック女子マラソン金メダリストの高橋尚子さん、元JICA南スーダン事務所長で南スーダン選手団が日本に来れるよう尽力した友成晋也さん、そして、モデレーターに国連UNHCR協会報道ディレクターの長野智子さんの4名が登壇し、映画『戦火のランナー』やスポーツに対するそれぞれの思いを語り合った。

『戦火のランナー』

監督・プロデューサー:ビル・ギャラガー
脚本・編集:ビル・ギャラガー、エリック・ダニエル・メッツガー
配給:ユナイテッドピープル 宣伝:スリーピン
2020年/アメリカ/英語/88分/カラー/16:9

映画『戦火のランナー』についてはコチラから。

『戦火のランナー』ビル・ギャラガー監督のドキュメンタリー|絶対に観るべき映画一選

『戦火のランナー』ビル・ギャラガー監督のドキュメンタリー|絶対に観るべき映画一選

2021年07月24日

アブラハム選手は、映画を観て何を感じたか

「まさに琴線に触れる映画でした。困難を抱えても挑戦するグオル選手の姿、そして、私にとっては観ることがつらい作品であると同時に、戦争の負の部分も描いているという点で、非常に啓発的な作品でもあると思います。グオル選手は決して諦めず、困難を乗り越えました。彼がここまでなし得たことや、どうやって彼が多くの困難を克服していったのかがよくわかるので、ぜひ多くの若い人達に観てほしいです。

もちろん『戦争』は私達の人生にとって、最大の敵です。戦争というものは、例え自分が直接殺されないとしても、関節的にいろいろな形で人々を苦しめます。仮に生き延びたとしても、行き場を失ってしまうなど、大きな爪痕を残す。本当に痛ましい状況ですが、グオル選手の強さ、祖国に対する愛情にはとても勇気づけられました。彼は祖国を想っていたからこそ、多くの苦しみを抱えながらも、決して諦めることはありませんでした。だから、若い人達にもきっとできるはずです。

一番大切なのは、許すこと、互いを愛をもって接し合うことだと思います。祖国に対して思うのは、やはり私達には平和が必要だということです。南スーダンはせっかく独立を成し遂げたのに、今のままでは無意味だと感じます。本来なら自由、その国のあり方を楽しむべきなのに、こういうことに至ってしまいました。苦しんでいる人々に対して、どうして私自身がまた銃を手にしなければならないのでしょうか。国のリーダー自身問うてほしいと思います。

この作品を観て本当に心が揺さぶられ、涙を堪えられないところもありました。もしこの作品が南スーダンに届いたら、グオル選手が持つ強いパワーが南スーダンの若者を元気づけるはずです。そして、争いはよいことではないということが伝わればと思います。」

アブラハム選手にとって、グルオ選手はどんな存在?

「グオル選手の多くの経験から学べることがありますし、何と言っても、国を想う気持ち、その姿には励まされますし、同じようにありたいと思っています。彼のように国を出て難民となった人の多くは、外国籍を選択しています。グオル選手もおそらく他の国籍を選んだほうがずっと選択の幅は広がったと思うんですね。しかし、彼はそうはせず、彼は南スーダンの状況が悪くても、国を憎むのではなく、『南スーダン』の代表であることにこだわった。そうした彼の強さに突き動かされました。

と言うのも、私自身は彼のような戦火をくぐってきたわけではありませんが、同じような経験を持ち、また、私の家族も同じような状況にあります。グルオ選手が苦しみを抱えながらも国を想い、人々のために全力で闘い抜いたのですから、私もできるはずです。そういった意味でも、彼には勇気づけられました。

今も電話で話すと、彼は『ベストを尽くして、どんなに状況が厳しくても諦めるんじゃないよ』と、私たちに発破をかけてくれています。」

二人のアスリートにとって、走る意味とは

映画では、まずグオル選手は、内戦下、生き延びるために走り始めた。そして、走ることを続ける中で、仲間のため、国の人たちのため、そして南スーダンのためへと彼にとっての“走る意味”が変容していく。

二人のランナーにとって“走る意味”とは?どうやって困難を乗り越えてきたのか。

アブラハム選手にとって今、走る意味とは?

「今はコロナ禍やさまざまな状況で自由な行動も取れない時で難しい状況なのは確かですね。ただ、まだプレーできる可能性はありますし、大きな希望は持っています。昨年、結局オリンピックが延期に至った時も、ずっと状況を見ていました。4月から5月末まで深刻な状況が続いたり、8月頃には状況が落ち着いていっていったり…。そうした状況が変動する中でも、変わらず希望を持ち続けました。

私は時々、自分にこう言い聞かせているんです。『もし試合中止になるかもしれないと心配する気持ちに心をとらわれたらどうなるか。心配して、結局もし開催が決まったら、もっとこれをしていればよかった、もっとトレーニングをしておけばよかったと後悔するだろう。後になって、後悔はしたくない』と。だから、とにかく準備にもベストを尽くす。そして、どんな判断がなされたとしても、アスリートとして、試合が開催される瞬間、万全でいられるよう、トレーニングに集中しています。」

高橋尚子さんにとっての走る意味とは?

「走る意味はいくつかありました。それは現役のときから今に至るまで、また違ったものはあるんですけれども、現役の時は、オリンピックを目指す、世界記録を目指すということで、人間にはどれだけパワーがあるんだろうというのを、ある意味、自分の体を使って研究するような気持ちでいたのもあります。

また、マラソンって、一人で孤独なスポーツと言われることが多いですけれども、決して一人ではなくて、監督がいて、体をメンテナンスしてくれるトレーナーがいて、食事を作ってくれる栄養士がいて、チームメートがいるから頑張ることができる。そして、応援に背中を押される。このように、皆が繋がっていくことのできるものというところが、私にとってはすごく大きかったのかな、と思います。

私はもともと非常に弱い選手でした。高校2年生の時に、初めて全国大会に出た時には、47都道府県の駅伝だったんですが、47人中45番だったんですね。目の前には越えられない壁ばかりが立ち塞がっていて、それをどう乗り越えていくかということをずっと考えてきました。その時に、やはり自分の支えだったのは“言葉”ですね。映画のなかでも、コーチの奥さんがグオル選手に『木には必ず根が必要だ。根があるからこそ、必ず実ができる』と言って、『あなたは根なんだ』と伝えた言葉が心に残りました。

まさに私の座右の銘が、『何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く』。この言葉を、その一番弱かった高校2年生の時にいただいて、『今は決して無駄な時間じゃないんだ。根を張っている…。結果を今すぐ手に取れないけれども、必ず意味があるんだ‥‥‥!』というふうに、何千回、何万回と繰り返してきたこの言葉が、背中を押してくれたと思います。

とくに大会に出たときなど、結果があるとすぐに自分の成果が分かるんですけど、マラソンって一年に一回だったり、すぐに結果が手に取れない。試合から8ヶ月位前だと一生懸命走っているのに、『今やっていることって意味あるのかな‥‥‥?一生懸命やっているのに‥‥‥』って何か不安になる時ってすごく多いんですよね。でも、一日一日を大切にしていかないと目標に辿りづかないという時には、その一日一日を全力で過ごすために背中を押してくれる言葉が大事だった気がします。」

アブラハム選手のトレーニング環境は?

 

©️Bill Gallagher 映画『戦火のランナー』より

「南スーダンにいた頃は、家からトレーニング場までの17kmを2時間歩いて、トレーニングをして、また17kmを2時間かけて帰るということを、毎日または2日に一回ほどしていました。(高橋尚子さん曰く、国内にトラックが一つしかないのだそう。)

私はウガンダに避難していた時もあったのですが、その時は、寄宿学校だったので食事も出て、トレーニング場も近かった。それでも厳しい状況ではあるのですが、南スーダンではそうした状況にも至っていません。裸足で走る選手もいます。私は学校の援助もあって裸足で走ることはなかったのですが、南スーダンに帰国するたびに、血を流しながら走る選手を見るととても心が痛みます。

ここでは、トレーニング場に通う距離や時間の問題だけでなく、グラウンドにも問題はありません。よく食べ、よく寝て、平穏に過ごせています。前橋市民の皆さんが最初から愛情を示してくれて、ここに着いた時から外国にいる気がしません。市民の皆さんが『頑張ってね』と声をかけてくれたり応援してくれたりしています。」

オリンピックに向けて

「世界中からさまざまな選手が参加するので、競うだけではなく、互いに異なる文化も含め、よいことは学んで持ち帰り、足りないところや活かしたいところは学びたいと思っています。やはり参加するにあたっては、オリンピックという世界的なイベントに『南スーダン』という国が参加しているということと、単に参加しているというだけでなく、私自身がいい結果を出すことで、南スーダンの人たちにもっと誇りを持ってほしいと思っています。南スーダンの人達を幸せにできたら光栄、ということを常に感じています。」

 

映画『戦火のランナー』特別試写会後トークイベントのようすはコチラからも。

また、元JICA南スーダン事務所長の友成晋也さんによる南スーダンをめぐる情勢を交えた解説はコチラから。

『戦火のランナー』
公式サイト

 

映画『戦火のランナー』に関する記事はコチラ。

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Mihoko Inagaki
Writer / Editor / Videographer
2006年〜高レベル放射性廃棄物最終処分問題を取材。その傍ら、『Yogini』をはじめ、トレーニング雑誌のライティング、編集に携わる。2013年、高レベル放射性廃棄物最終処分に関するドキュメンタリー『The SITE -Japan Specific-』を制作。2019年、核燃料サイクル計画映画制作プロジェクトを始動。
http://journalasia.blog22.fc2.com/

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